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「大工は家をつくっていれば、それで良いのか?」


 3月11日の震災発生以来、なかなか一歩が踏み出せないでいる。私自身が直接被害を受けた訳ではなく、身辺で物理的な障害が発生したという訳でもない。数日前、関東の大工仲間から「山口で合板は手に入るか?入るなら何とかかわりに入手してもらえないか」「ガス給湯器が欲しいのだが、こっちでは手に入らない。そちらはどうか」と電話が入り、日頃お世話になっている材木店や設備会社に問い合わせてみて、合板や断熱材がこちらでも手に入らないこと、住宅設備機器も一部入手困難になっていること、その他もろもろの建材が逼迫している事を初めて知った。竣工時期が確約できないためにストップしている新築工事も少なくないとの話も耳にした。小さな規模で、工業製品をあまり使う事なく日々の仕事をしている大工にとっては、同じ業界の事なのにもかかわらず、少し他人事のようで、ちょっとした落とし穴だった。自らも「金属製の屋根材の入荷が未定」との連絡を瓦屋さんから受けて、少し実感が出たような塩梅だ。
 3月以来、図面引きと見積り業務が主であったため必然的に家にいる時間が多くなり、パソコン画面に向かっていると、否が応でも震災関連の情報収集に気持ちが向かってしまう。特に被災者の人々の様子がおさめられたニューヨークタイムスの写真(全254枚)は鮮烈だった。国内の報道では意図的に悲惨な構図はカットされていると確信されるくらい、それらの写真はリアルで鮮明で雄弁だ。私にとって、遠くはなれた地から震災の状況をに思いを馳せる大きな力となり、毎日見返しては、幾度となく涙を流した。地震と津波はことごとくすべてのものを破壊しつくした。しかし、そうした困難な状況のなかに置かれても、絶望の縁から、人々は徐々にでも新しい営みを始めるだろう。生きるとは、それほど絶対的なものだ。
 しかし、その絶対的な営みに水を差すのが今回の原発事故だ。地震による原発震災について、心ある学者は国会などの場で幾度となく警告してきた。それを経済性の面から無視し続けたわれわれの罪は深い。日々刻々と悪化する状況に、やらなければならない仕事にも身は入らず、毎日、原発についての情報をかき集めては事の重大さに打ちひしがれ、最悪の事態の時を想像しては絶望的になり、床についても夜中に目が覚めて、原発の現状を確認するという事を繰り返した。
 ひと月もたつと、紙面に載る震災関連の記事は当初の数分の一になり、テレビも十年一日のごとく無味乾燥で無色無臭な番組にもどり、今も続く放射性物質拡散の情報も「ただちに影響を及ぼすものではない」という扱いで黄砂や花粉などと同程度の扱いに格下げされている。原発事故の行方はまだ誰にもわからない。このまま収束に向かうのか、それとも破局に向かうのか。何事もなかったかのように、ここ山口の瀬戸内海はこれまでと同じように穏やかに太陽の光を浴びてきらめき、空は青く澄んでいる。明日も今日と同じ日常が続く事に疑問がある風でもなく社会は動いている。山口県議会議員選挙では反原発を訴えた候補者はある意味善戦したとはいえ、全滅した。電力会社と政府と行政は原発の安全性の見直しを掲げてはいるものの、現在も運転を続けている。庶民の間には、電気が足らなくなったら困る、原発は必要悪だとの認識が今も支配し続けている。このくにには「原発には反対だ」と声をあげる事を躊躇させる空気がある。政治的な発言は、近隣と穏便な関係を維持してゆくためには避けるべき事だという考えが我々の間に深く横たわっている。時の政府と異なる意見を持つ者は異端視される土壌がある。この病理は極めて深い。

 「木の家」と原発は相容れない。私の場合、土に還るということを第一の前提として「木の家」を指向している。その事が大前提である限り、千年以上の末代にわたっての管理を必要とする放射性廃棄物を後世に押し付ける原発は根本から対立する概念だ。

「大工は家をつくっていれば、それで良いのか?」

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