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生業としての大工

 好きでなった大工だが、それが仕事となるとやはりそれなりにプレッシャーもかかり、単純に「木を触っていれば幸せ」とはならない。大工を生業としている以上、日々の糧を得るためには当然のことながら金勘定も避けては通れない訳で、「いかに金を稼ぐか」というビジネスの世界に馴染めず早々に第二の人生を歩きはじめた私にとって、これはある意味予想以上に大きな落とし穴だった。家には育ち盛りの坊主がふたり、たまにはごちそうも食わしてやらねばならない。このあたりのバランスはなかなか難しく、10年経ってやっとそれなりのところに落ち着いてきた。「それなり」であって「そこそこ」ではないところがみそ。いくら稼げば良しとするのか、常々自問自答しているがこたえは出ない。全国のサラリーマンの平均賃金か?それとも同じ年の市役所職員の年収か?どちらにしても望むべくもない話で、やりたくもないことのために「時間を金では売らない」と、ひとり強がってみるのが精一杯だ。
 しかし、そもそも商売と生業はちがう。商売は利益を得ることを目的とする商いのことで、そこに限度はない。生業とは日々の糧を得るための生産業のことで「食べられるだけ」あれば良いとする一線がある。「職人=手先の技術によってものを製作することを職業とする人」は自らが一日で生産できる限度をわきまえているし、それ故1年で稼げる金銭的限界も嫌というほど自覚している。金銭上の利害に鋭敏な性質をさす「商売気質」と、頑固だが実直であるという「職人気質」とは相容れないもの。職人にとって「商売上手」ということばは決して褒め言葉ではないし、商売の才に長けた職人というのは明らかに言語矛盾だ。いずれにせよ会社勤めを辞めて職人になった時点で、私の中で金儲けは大きな目的からは外れた訳で、食うに困らぬ程度に「それなり」に落ち着いてきたのであれば、分不相応な「商売気」が内にわきおこってきてもそれは自分でなだめるしかないのだろう。
 むらむらと「商売気」が出てくるのは仕事がうまく回っていないとき。建て主との関係がうまくいっている時はそれこそ「職人」に徹することができる。場合によっては持ち出しで仕事もするし何日余分にかかろうが得心のゆくまで手間をかける。結果的に商売上は決してほめられたことにはならないのだが。
 先日、古い家の改修仕事を終えて竣工祝いに招かれた。築80年の家を4ヶ月かけて全面改装したのだが、丁寧にお礼のことばをいただいた。人との信頼関係はお金で買うことはできない。短い人生、こうして出会えたことに素直に感謝したい。

 次の仕事のために、ちょうど切らした鉛筆を買いに行く。耳にはさんで現場で使うのだが、安物はちょっと地面に落とすとすぐに芯が折れてしまう。削っても削っても中で折れていることも多い。安物買の銭失いに気づき、良いものを買うようにしている。1本あたり132円。へたなペンより高い。気持ちよく仕事をするための少しの贅沢。

DSCF0154.jpg

2件のコメント

[C393]

鉛筆のグレードから、ブログの内容から、今自分が痛感していることなどすべて合致しています。
最近、毎晩荒れ気味で。
反省。
また、会いましょうね。

[C395]

八代の大工さん
そうですか。荒れてもそれをなだめるのも納得するのもしないのもそれができるのは結局自分しかないのでしょう。心身共になかなか平滑には行きませんね。
  • 2010-04-23
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