FC2ブログ

Entries

板塀

若い頃は、人(他人)がやっていることなら自分だってできると思っていた。なんでも自分でやりたいと思っていた。しかし、いろいろなことをかじればかじるほど、それを生業にする人には到底かなうべくもない、と思うようになった。そこにかけた時間と労力が経験値として蓄積されてゆくのはどこの世界でも同じ。いろいろな分野の人たちにずっと存在し続けてもらいたいと思う。いざという時に頼れる仲間は、金銭以上の財産。なんでも自分でという姿勢は、その財産を失う可能性を持つことに気づく。

知らぬ間に年月が経つ。あっという間の20年。その間ほぼ変わらぬ形で仕事をしているけれども、自分を取り巻く状況は着実に悪化している。単純に、お世話になっている職方さんたちが高齢になったことに起因している。今のところ皆さん元気で日々の業務に支障はない。しかし、5年後、10年後となるとどうか。

崩れていた土塀を解体し、基礎を打ち、新たに板塀を作る。全長約20m。焼杉のような色合いにしたいという。今回は黒色塗装で施主さん施工。

IMG_0276.jpg

介護

160km離れてひとりで住む母より「骨折した」との電話を受ける。左手首。着替え、料理ができないとのこと。市の地域包括支援センターに相談し、急遽訪問していただく。遅れて駆けつけて、現状把握。ホームヘルパーと配食サービスの依頼。並行して住宅改修。実家の倉庫に眠っていた杉と檜の板を使って、玄関上がり框の延長と階段、手すりの設置。そしてとんぼ返り。
同じ集落に住む、自力歩行が困難になってきた一人暮らしのおばあさんの家に、寝室横にトイレを作ったり、ミニキッチンを作ったり、手すりをつけたりの工事をしていたのがつい1週間前のこと。これは順番、いずれ我が身にも同様のことが起こると分かってはいても、いざ自分の番が来るとなかなかしんどい。改めて同様の立場に置かれた人たちのことを想像した。

P2150049.jpg

作業場の見学

かねてからお願いしていた作業場の見学をさせていただいた。同業者の仕事場に足を踏み込むのは、敵情視察と受け取られかねない節もあり言い出しにくかったのだが、すんなりと同意いただいた。

隣市の大工さん。数十年前に先代が建てたという鉄骨造2階建の建物。離れに材料置き場の建屋が数棟ある。幅600㎜の自動カンナと600㎜の手押しカンナ、幅広板の平面が出せるルーター、追っ掛け継ぎの加工機、鎌、アリの加工機、製材機、長さ12mの桁が加工できるようにと作られた作業場はホイストもあって広い。それでも手狭になって同じ敷地内に別棟を増築している。ただ、時代の変遷で家の作り方自体が変わってしまったため、機械の稼働率自体はかなり落ちているとのことだった。

一個人大工の作業場は、規模の差こそあれ、簡易的な建築物であることが多い。そこで寝泊まりするわけではないので居住性は問われない。家を建てるという、生産活動の場として特化された場所。必然的にローコストの建物になる。当初は必要十分だったのが、時を経るにつれ機械がふえ、道具が増え、材料が増えて手狭になってゆくのは、継続して仕事を続けている大工には共通のことと思う。大工なので増殖はたやすい。付け足しながら建物が広がってゆく。その数十年間の変遷が歴史としてその建物に残されていてとても興味深い。しかし、この2,30年の間で家づくりが劇的に変わってしまい、多くの機械が埃をかぶり、その前には材料が積み上げられていて、久しく使われていない様子がありありと窺われる。実はこれから作業場を整備しようと考えているのだと話すと、「こんなご時世に、それはすごいことだ」と後押しになるかならないかわからないようなコメントをいただいた。時流に抗ってきたのは今に始まった事ではないが、先輩大工が置かれている現状を垣間見た1日だった。

杉玉

たまの用事で街に出て花屋の前を通ると、切り花の放つ清冽な香りで学生時代を思い出す。京都市内の花屋でのアルバイト、切り花やアレンジなどをお客に届ける配達要員。30数年前、時代はバブル。周囲の仲間は家庭教師や塾のバイトで時給2000円で稼ぐ中、こちらは時給600円前後。それでも由緒ある旧家、高級料亭、ホテルなど、およそ貧乏学生には縁のない世界を覗くことができる嬉しさは金銭の大小を超えた。その花屋は江戸末期から続く老舗とあって家族経営で賄い飯付きだった。可愛がってもらって居心地良かったのだが、不注意で配達途中に人身事故を起こしてしまってから足が遠のき、そのまま辞めてしまった。店は年末になると杉玉作りに忙しかった。
 家の裏にある杉の木、この時期になると枯葉を屋根に落とし、樋を詰まらせる。思い切って剪定し、杉玉を作った。

PB110002.jpg

後退戦

K君の住む古屋、同じ敷地に、使われなくなって放置されている牛小屋がある。住み始めて1年が過ぎ、やっと母屋以外のところに手がまわり始めた。かつての牛小屋は5寸勾配のセメント瓦屋根。瓦がずれて軒が落ち、さらに桁、柱も一部腐って折れている。作業場、物置、薪置き場として活用するために重い腰を上げた。瓦を剥ぎ、腐った材を撤去、そして新たに補強。2階は海が見える、皆が集えるゲストハウス兼宴会場にするという条件で材料を提供する。大工仲間4人は皆限界集落に住む。。1980年頃の本宮ひろ志の漫画に「万年雪の見える家」があった。中学三年の主人公は「南へ行くことが全てとは思わないんだ。」と北海道のさらに北の未開拓の原野を目指す。これからの限界集落は逆の意味でのフロンティア。若い者たちが自らの意思でそういう土地に足を踏み入れてゆく。そして、それぞれがそれぞれの場所で後退戦をどう戦うかという課題に取り組む。そこに一縷の希望を感じる。

PA060036.jpg

Appendix

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最新記事

FC2カウンター

月別アーカイブ

検索フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード