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ジャッキアップ

同じ集落内、うちの2軒上の爺さんから「古いサッシをもらってきたけえ、つけてもらえんじゃろうか。」と話があった。掃き出しの幅8尺高さ5尺9寸2枚建のアルミサッシ。形状から判断すると、20年以上前のサッシだろう。「いいですよ。この日曜日にでもやりますよ。」それにしても、この大きなサッシを、どうやって持って帰ったのだろう。とても庭にある軽トラで持って帰れるサイズじゃない。

障子、雨戸を外すと、敷居、足固めが腐っていたので解体、撤去。床のレベルを確認すると、4隅の柱のうち北西角の1本の柱だけが約9センチ下がっている。床が傾いたままサッシを取り付けるわけにはゆかず、一部床を壊し柱をジャッキアップすることにしました。

頭上で柱に刺さっている差鴨居にジャッキを当てて揚げるのが被害が少ないけれど、その場合、柱との仕口が健全な状態であることが大前提。今回は差鴨居も既にシロアリにやられていて落下寸前の状態なので不可。
柱に角材を抱かせてボルトで固定。そこに直接ジャッキをかけて揚げる。力の方向が真上ではなく少し東に向くのが気になるが、東方向には鴨居敷居などが入っているので柱が傾くこうとはないと判断。少しずつ揚げて行く。ミシミシと音を立てる。ヘルメットをかぶる。鴨居上の小壁の土壁に亀裂が入る。差鴨居と廻縁との間にパッキンの木をかう。平屋なので1つのジャッキで何とか揚がりそう。1か所だけを9センチも揚げることにためらいはあったけれど、無事に揚がった。この後、柱の穴の空いた部分を利用して柱を継いで終了。結局床工事も引き受けることになりました。

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田植え、そして仕事再開

米作りを初めたのが2005年。今年で、はや16年目。突然田を所有することになった当初は、機械もなく手植えで手刈り。その頃30代だったが、すでに齢50を超えた。その間に、格安で型落ちのトラクター、田植え機、稲刈り機、ハーベスターを譲ってもらい、機械の手も借りながらなんとか米作りを継続している。

2枚合わせて1反ほどの田、自分で食べる分くらい収穫できればと思ってやってきたが、現実は厳しい。反あたり8俵取れれば8*60kg=480kg。ひと月あたり40キロの米となる。育ち盛りの息子が二人いても十分と思われるが、我が田からの収穫は、現在3俵程度しかない。総量約180キロ、8か月で底をつく。肥料も農薬も使わない無為農法では、こういう不愉快な結果も受け入れざるをえない。

数年前に手植えに戻った。機械で植えるためには、苗箱に苗を密に育てなければならない。必然的に細くて浅い色の苗になる。その違和感が払拭できず、中古の田植え機は2.3年使っただけでお払い箱になった。同時に翌日からの腰痛も復活した。

コロナウィルス、日本では3.4月時点で考えていたよりはずっと感染が少なく済んでいる。某大臣は「民度」が高いから他国より感染を抑えることができている、とご満悦の様子。しかし、アジア諸国のなかで見れば、100万人あたりの死亡者数はフィリピンについでワースト2。彼の言う通り、感染度合いが民度によって左右されるのというのであれば、日本の民度は韓国、台湾、ベトナム、マレーシアよりも相当低い。感染爆発には至っていないが、逆に言えばまだとば口に立ったばかり。ならば長期戦に備えて体力をつけておかねばならない。徐々に仕事を再開します。手探りで、感覚を研ぎ澄ましながら。


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雨仕舞い

屋根の真ん中を生木が貫いている。木の成長を前提にしているので、屋根との間には周囲に3センチ程の隙間が明けてある。雨が降れば当然そこから雨が入る。そういうものだという前提で作ったものの、雨の日とその後数日は使用不可。当然ツリーハウス本体の耐用年数にも問題は出てくるだろう。被害を最小限にしたい。我々は寄生虫のようなもの。ホストツリーに与えるダメージは最小限に抑えなくてはいけない。思案した挙句、幹に藁縄をぐるぐると巻いて隙間を塞いでみる。腐って取り替えることが前提。これで様子見。

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ゴッホの椅子

K君がかねてより作ってみたいと言っていた「ゴッホの椅子」。スペインに古くから伝わる安物の椅子。時間があるので本を購入して、作ってみる。「細い丸太をざっくりと削った脚、植物の葉で編まれた座面。」専門的な大工道具は不要でいくつかの手道具だけで作れるという。ホゾ穴は丸。ドリルで開ける。そこに四角のホゾを叩き込んで作る。

ヒノキの小丸太があったので、それこそ適当に削って部材を作る。19ミリの径の穴に16*19ミリの断面の四角いホゾを叩き込んで組んでゆくという荒技。全く頭になかった方法。

しかし大玄能で力一杯叩いてもなかなか入らない。そのうち、背板の部分のホゾ穴からボキッと折れてしまった。この組み方は柔らかい生木では有効かもしれないが、乾燥材で作る場合は難がある。そこの早く気づくべきだった。背板が3段あるべきところが、1段になった。座面を編むのはなかなか面白い。材料は藁縄。ほぼ丸一日で完成。細い貫だけの構造だけれど、意外と強度がある。単純な作り方なので、いろいろと応用できそう。

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藤原辰史:パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ

日々刻々と状況が変わる中、この国の機能不全が様々な形で露呈している。新型コロナウィルスは、日々の生活で精一杯の社会的弱者をさらに追い詰めている。そんな危機的状況の中でこの国家のトップは、自らが出した外出自粛要請に自らが乗っかって、自邸のソファにもたれてお茶をすすり、静かに本を開き、愛犬を愛でる姿を、ネット上にアップ。ネットカフェから追い出され、野宿を余儀なくされるかもしれない自国民の境遇に少しの想いも馳せる能力がないことを、醜くも自らさらけ出した。

そんな中、プリントアウトして、毎朝読み返す文章がある。
  
   藤原辰史:パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ

B面の岩波新書に4月2日付で書かれたもの(A4版で8P)で、静かな反響を呼んでいる。

その中の最後で、武漢の作家、方方の次の言葉

「一つの国が文明国家であるかどうか[の]基準は、 高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達し ているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界 を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、 それは弱者に接する態度である」

を引用し、

「この危機の時代だからこそ、危機の皺寄せがくる人びとのためにどれほどの対策を練ることができるか、という 方方の試金石にはさらなる補足があってもよいだろう。危機の時代は、これまで隠されていた人間の卑しさと日常の危機を顕在化させる。危機以前からコロナウイルスにも匹敵する脅威に、もう嫌になるほどさらされてきた人びとのために、どれほど力を尽くし、パンデミック後も尽くし続ける覚悟があるのか。皆が石を投げる人間に考えもせずに一緒になって石を投げる卑しさを、どこまで抑えることができるのか。これがクリオの判断材料にほかならない。「しっぽ」の切り捨てと責任の押し付けでウイルスを「制圧」したと奢る国家は、パンデミック 後の世界では、もはや恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろう。」

と結ぶ。

文系研究者として「人間がすがりたくなる希望を冷徹に選別」と書く。文章中、安易な希望は一切登場しないが、私はこれを毎日読み返すことで確実に希望を得ている。
文字どおり今の私の指針となっている。
少しでも多くの人に読んでもらいたい。

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